長崎地方裁判所 昭和30年(タ)20号 判決 1956年2月09日
原告 楊静子
被告 楊茂盛
主文
一、原告と被告とを離婚する。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告は、
主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、
一、原告と被告とは、昭和十八年九月十三日、中華民国上海市に於て、同市駐在日本総領事に対し、その届出を了して婚姻した夫婦である。
二、原被告は、婚姻後上海市に於て同棲し、終戦後の昭和二十二年中に、上海市から台湾台北市懐寧街四十五号に移転し、同所で同棲し、被告は、同所で、貿易商を営んで居たのであるが、之に失敗し、昭和二十三年十一月頃、原告には何等の事情を告げないで、単身、原告の許を出て、香港方面に出発し、そのまゝその所在をくらまし、爾来、その所在は全く不明であつて、一回の音信すらなく、又、生活費等の仕送りも全然なく、全く原告を打ち捨てたまゝであつたので、止むなく、原告は、単身内地に引揚げ、肩書住所に居住して現在に至つて居るのであるが、右の状態は、現在に至るもなほ継続して居る。
三、これは、悪意を以て原告を遺棄したものである。
四、仍て、被告との離婚を求める次第である。
と述べた。<立証省略>
被告は、
公示送達による適式の呼出を受けながら、本件口頭弁論期日に出頭しないし、答弁書その他の書面も提出しない。
当裁判所は、
職権で、証人尾崎シミ、同尾崎恒幸、原告本人(第一、二回)の各尋問を為した。
理由
一、被告が台湾人であり、原告が日本人であること(台湾が日本国から離脱した現在に於ても、台湾人と婚姻した日本人が日本国の国籍を失ふことはないと解せられるので、原告は、依然として、日本国の国籍を有する)、及び原被告が、原告主張の日に、その主張の所に於て、適法に婚姻した夫婦であることは、公文書である甲第一号証(除籍謄本)、同第三号証の三(原告本人尋問調書)、並に原告本人尋問の結果(第一回)によつて、之を肯認することが出来る。
二、原告が、夫たる被告と離れ、独立して、任意に、自己に於て、その住所を設定するについて、正当の理由を有することは、後記認定の事実に照して明白なところであり、又、原告が永住の意思を以て日本国に帰来し、爾来、肩書住所に居住して現在に至つて居ることは、証人尾崎シミの証言、並に原告本人尋問の結果(第一回)及び公文書である甲第三号証の二(証人尾崎シミの尋問調書)、同号証の三(原告本人尋問調書)を綜合して、之を認定し得るから、本件離婚については、日本国の裁判所にその裁判権がある。
三、本件の管轄裁判所については、その管轄の有無についての利益を受ける者は、原告のみであつて、他にその有無を認定するについて、利益を害せられる者は全然ないのであるから、原告について、管轄裁判所を決定するのが相当であると認められるところ、原告の住所は、当裁判所の管轄内にあつて、当裁判所にその管轄権があると認めるのが、原告に最も利益であると言ふことが出来るので、人事訴訟法第一条の規定に拘らず、当裁判所にその管轄権があると認定する。
四、原告主張の請求原因第二項の事実は、公文書である甲第三号証の二(証人尾崎シミの尋問調書)、同第三号証の三(原告本人尋問調書)、証人尾崎シミ、同尾崎恒幸の各証言並に原告本人尋問の結果(第一、二回共)を綜合して之を認定することが出来る。
五、右認定の事実によると、被告は、原告を悪意を以て遺棄し、その状態が現在に於てもなほ継続中に在ると言ふことが出来る。
六、本件離婚の準拠法は、法例第十六条によつて、夫たる被告の本国法即ち中華民国民法である。(遺棄の事実の発生したのは、台湾が平和条約の発効によつて、日本国から離脱する以前のことに属するが、その事実状態は、現在に於てもなほ継続して居るのであつて、悪意の遺棄は、継続した事実状態に基き認定されるところのものであると言ふことが出来るから、前記継続した事実状態の存する限り、全体として、現在に於て、悪意の遺棄が成立して居ると言はなければならない。
従つて、その準処法は、現在の事実関係に基き決定されなければならない。故に、本件に於ては、現在に於て、法例第十六条に言ふところの離婚原因たる事実が発生したと解する。)
七、前記認定の事実は、中華民国民法第千五十二条第五号に該当すると共に日本国民法に於ても離婚原因とされて居るので、(同法第七百七十条第一項第二号に該当する)、原告の本件離婚の請求は正当である。
八、仍て、原告の請求を認容し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り判決する。
(裁判官 田中正一)